映画【西の魔女が死んだ】記録
映画【西の魔女が死んだ】を観ました。
どうも、滝です。
ずっと気になりつつ、なかなか観る機会がなかった映画です。
映画感想というより、自分用の映画観た記録です。
あらすじ…
中学に進んでまもない夏の初めに、学校へ行けなくなったまいは、森で暮らす"西の魔女"のもとで過ごすことになった。
西の魔女とはまいのママのママ、大好きなおばあちゃんから、「早寝早起き、食事をしっかりとって、よく運動すること」が、どんなに大事かを教わる。まいは戸惑いながらも、料理、掃除、洗濯、庭づくり・・・と、日々励んでいくが、実はその生活は、"魔女修行"の始まりだった。
キャスト サチ・パーカー 高橋真悠 りょう …他
タイトル&物語冒頭で結末は明確。
冒頭「魔女が倒れた。もうダメみたい。」
“西の魔女”とあるので、タイトルだけみればファンタジーかな?と思ってました。
児童文学みたいですね。
魔女になるために、規則正しい生活で精神力を鍛える。
生きるのは魂が成長するため。
子供たちにどう響くのか、そして大人にはどう感じられるのか。
今の時代、きっと昔ながらの田舎暮らしといっても移り変わってこの物語の中の様にはいかないかと思います。
田舎でも若い世代では固定電話を引いていない家庭もありますからね。
固定電話を利用する機会はとても減ったように思います。
映画を観ての感想…
「まい」と「おばあちゃん」との生活は
日本の昔ながらと、おばあちゃんのイギリスの雰囲気が織り混ざった、日本からしたらファンタジーの様な素敵なものでした。
ハーフであるママの学生時代は大変だったらしいけど、今、こうして登校拒否をする自分はどうだろう。きっとまいは最初「登校拒否」に対する後ろめたさがあったのでしょう。
車に荷物を取りに行ったまいが出会った「ケンジさん」。
学校を休み、暫く祖母の家に住むというまいに、ケンジさんは「いいご身分だな」と嘲る。
まいがケンジさんにあれだけ嫌悪感を感じたのは、最初の出会いで自分が見ないように目を背けていたことにズバリと言ったからじゃないだろうか、と想像。
多分、そういった気持ちは誰しも抱えることだし、それを言い当てるのはきっと自分より大人な人が多い。つまり言い返せない相手が多いんじゃないでしょうか。
児童文学ということは、きっと一番の読み手としてはまいと同世代の中学生をメインにしていると仮定すると、きっと大人は正しくて、反抗したら叱ってくる存在だと思うんですよね。
まいがケンジさんをずっと嫌悪し続けたのは、ケンジさんがまいの嫌な気持ちを剥き出しにさせるから。
そんなまいをおばあちゃんが優しく受け止め、成長を促してくれる。
でもおばあちゃんが成長させてくれるわけじゃない、まい自身が頑張って考え、決めていく必要がある。そう教えていました。
多感な時期のまいにおばあちゃんの言葉が全て思うように伝わっているとは分かりません。きっといつかわかるときがある。
そんな優しい心がおばあちゃんの言葉には込められていたんじゃないでしょうか。
“西の魔女が死んだ”
タイトルの様に、ラストはおばあちゃんの死があります。
わかりきっていたことにも関わらず、涙が出てきました。
そして、なんとなくこの映画全体の良さがラストになって本当にしみわたる様な気がしました。
『ニシノマジョカラ ヒガシノマジョヘ』
おばあちゃんからまいへのメッセージ。そして約束。
おばあちゃんはいつでもまいが生まれてきてくれたことに感謝し愛してくれていた。
前回書いた【しあわせのパン】同様、ゆっくりあたたかな幸せを感じたい人に観てもらいたい映画でした。
おばあちゃんの真っ直ぐさ。
見習いたいものですね。
滝。